英俳優ベン・ウィショー(Ben Whishaw)さんに関するブログ

2016年05月19日

『ロンドン・スパイ』感想




 https://www.netflix.com/jp/title/80048568

 ストリーミングサービスNetFlixにて、日本語字幕・吹き替えがついて5月9日から配信されている。先日見終えた。
 
 個人的に関心のあることに引き寄せて考えてしまうけれど、これは「社会の構造として残り続ける、目に見えづらい差別・偏見」と「個人としての愛と感情」との対立の物語なのだな……と思った。「スパイストーリー」としては確かに残念ながら説得力に欠けるシナリオで、「奴ら」の正体や陰謀の意図など、謎解きの部分に力点を置いて見ると肩透かしを食うのかもしれない。ただ、ひょっとしたらそれは作り手にとっては書いてるうちにどうでもよくなってたのかもしれない。

 孤独のなかでお互いを見つけた二人に、ショッキングな死別、汚名、病、社会生活からの疎外、そしてまた親しい者の死、と理不尽な苦難がこれでもかというほどにふりかかる。同性愛者不遇の世代を生きてきたスコッティが経験した苦しみを、表面上はもはや差別なんか存在しないことになっている現代のロンドンに生きる若いダニーが無理やりなぞらされていくかのような展開。謎の中心をなすのはいまの世界が課す「顔のない差別と偏見」そのもの。個人が個人に対して抱くのとは違う「構造の敵意」に対抗しうる力は、愛だけ。誰がなんと思おうと僕らの愛は存在した、という「個人的な感情」だけ。

 ダニーに直接危害を加える「謎の組織の尖兵」が、だいたい仮面のように無表情な「女」ばかりのように見えるところがちょっと気になった。これはクリエイターよりプロデュースや演出サイドの意図なのかな。刑事、記者、ナース、女医、白衣の研究者。というか、逆に全体的にゲイ以外の男性は影が薄い? アレックスの「二人の父」は、威嚇的だがほとんど台詞がなく、ダニーの父に至っては喉にパイプが入っていてしゃべれない。無言の不機嫌でいられる特権を持った男が牛耳る世界で、女が派遣され無防備な青年を傷つける。そんな図式を見るようでつらい。息子に愛情を抱けないことを責められる母親たち、ロボットのように使われる「手先」たちの内心を思うとつらい。ただ、個人と個人が対話することで、わずかな転覆の可能性が生まれていく。起こったことは消せないし、作中でも言われているとおり負け戦だけれど。取調べをした刑事の最後のシーンは、あきらめと歯がゆさの奥行きのようなものが感じられてよかった。ハリー・ウォルターとシャーロット・ランプリングの演技も当然よかった。種明かしの過去話はちょっと駆け足すぎてあんまりだったけど。このあたりも背景を描き込んでくれていれば……。

 そういうわけで「世界の構造にまつわる象徴レベルの話」と、「スパイ陰謀ストーリー」と、「個人的な愛情の話」、わたしに見えた三つのレイヤーが、もう少しなめらかにかみ合っていれば傑作になったのかもしれないなと思った。一緒に見ていた家人はたとえば『ナイロビの蜂』ではそれがもっと高度に成功してる、と言っていた(世評でもル・カレ作品と比べられて一段落ちるという評価が多い気がする)。

 ウィショーさんの演技は素晴らしい。愛情深く勇気があり、繊細で力強く、セクシーで魅力的。たぶんあんまり素晴らしいので演出家たちはいつまでも彼を撮っていたくなるんだと思う。脇役は舞台のキャリアが厚い人たちが固めているようで、こちらもすみずみまで素晴らしい。映像も美しい。いつまでも見ていられるし、見ている間は脚本の凸凹も気にならないでたっぷりと楽しめる。3〜4話が一番好き。この作品が作られて良かったし見られてよかった。とはいえ、いまの彼が主役をつとめ、何もかものパーツが完璧にそろった、傑作の映像作品が作られないものかな、という気持ちもしてしまう。これはファンのわがままなんだろう。最後に見た舞台はそんな傑作に限りなく近いと個人的には感じたけれど、演劇は消えてしまうもので、映像作品なら繰り返し楽しめるから。
posted by rico at 12:10| Comment(0) | 作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする