英俳優ベン・ウィショー(Ben Whishaw)さんに関するブログ

2015年06月03日

『追憶と、踊りながら(Lilting)』感想(ねたばれ)



ロンドンの介護ホームでひとり暮らすカンボジア系中国人のジュン(チェン・ペイペイ)。英語ができない彼女の唯一の楽しみは、優しく美しく成長した息子のカイ(アンドリュー・レオン)が面会にくる時間。しかしカイは、自分がゲイで恋人リチャード(ベン・ウィショー)を深く愛していることを母に告白できず悩んでいた。そして訪れる、突然の悲しみ。リチャードはカイの“友人”を装ったまま、ジュンの面倒を見ようとするが……。
日本版公式サイトより引用)

 ようやく映画館へ行ってきた。

 画面の色合いや質感、最低限つけられた音が美しく、美術や衣装は画面の隅々まで細やかに心がこもっており、独特のしっとりとした空気がある。どんな表情をしていても底には常に悲しみを抱えたままの彼と彼女の演技は胸が引きちぎられるようにせつない。その一方で面白い・ほほえましい場面や、赤面するほどセクシーな瞬間や、赤裸々なジョークもたくさんある。楽しんだ。

 UK盤DVDをパソコンの小さな画面でひとりでこっそり見ていたときと、都会の映画館で知らない人たちといっしょに見るのとでは、感じ方は当然ながら違った。全体に、性的な親密さがキーになっている作品であることをより強く意識させられる。端的にいって、照れる。(平日の早めの夕方に、満席ではないけどそこそこお客さんが入っていて、お年寄りも多かった。映画館の常連さんなのか、内容はご存知だったのだろうか……)

 物語としての盛り上がりには欠ける淡々とした展開で、もう一歩踏み込んだ何かがほしい、もうひと山あれば……とは感じてしまう。けれどそれは、監督のごくパーソナルなところから生まれた小さな物語を、虚構ではあってもあまり強く脚色したくない、そのままそっと届けたい、というような真摯さのあらわれなのかもしれない。そのことが彼の心をつかんだのかもしれない。そのことがあの演技を引き出したのかもしれない。うん、ならばしょうがないかもしれない(笑)。

※ねたばれ注意。以下にて、公開中の映画本編とは関係なく、UK版ソフト特典の削除シーンにふれる。日本版ソフトはまだなので、映画をすでに見た方でもねたばれになるかも。気になる方は読むのをやめるか最後の段落まで飛ばしてください。
 
 削除シーンは、カイがリチャードとの出会いや二人の関係をかなり具体的にジュンに話すというもの。これが現実にあったことなら、カイは生前に母に彼と恋人同士であることを「告白」していたことになる。わたしはこの場面はリチャードの夢なんじゃないかと解釈した。

 本編には、ジュンがカイとの会話を自分に都合よく改変したのかなと思われる回想場面がある。「リチャードは出ていくから二人で住もう」とカイが言うところ。削除シーンはこれと対になっているんだと思う。

 本編では、カイがジュンを最後に訪問する場面が何度も繰り返されるが、同じやりとりから始まって全部が違う。おそらく現実に添っていると思われる場面と、ジュンが改変した回想では、カイの服装が違う。冒頭と最後は長そでのラグランセーター。中盤、黄色のTシャツを着ているところがたぶんジュンの願望。削除シーンの服の色は、アップなのではっきりわからないけど、そのどちらともまた違う紫。この会話の内容は、母と息子で話すにはなんだか赤裸々すぎるような気がするし、「僕のことをどう話してたか」を気にしていた、でも通訳を止めさせて聞かなかったリチャードの願望が出たものじゃないかな。
 
 ほかの回想場面とと同じ日にあったこととは限らないし、あとから設定を変えて削除した可能性もあるし、カイの態度や発言はどこをとってもリチャードかジュンの記憶をとおしたものなので、何がほんとうにあったことかは最終的にはっきりしない。ここに書いたのもひとつの解釈であって、ぜんぜん見当違いの可能性もあるけど……。

(書き終えて思ったけど、これもジュンによる改変のバリエーションっていう可能性もある。それぞれの回想は全部「自分対カイ」でそろえてあるような気もするし。にしても「うすうす勘付いていた」の域を出ないかな。)

※ねたばれここまで

 二人の記憶をとおして見たカイは、はっきりとそこにいながら、幽霊のようにはかない。思い出は日常的に反芻するうち細部が書き変えられる。追憶と現実は地続き。幸せな過去と悲しい現在がつなぎ目なく行き来する。追想から我に返ると彼はそこにいない。これがほんとにせつなくて、いちいちはっとした。強く感情を刺激されて大泣きするというのとはちがうんだけど、ふとひっかかる。この演出は好きだ。
タグ:Lilting
posted by rico at 10:32| Comment(0) | 作品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする